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横浜地方裁判所 昭和42年(借チ)13号 決定

〔主文〕申立人が別紙増改築目録並びに添付図面表示の増改築をすることを許可する。

本件地代を前項記載の増改築工事の着手の日以降、3.3平方米当り一ケ月につき金三〇円に変更する。

申立人は被申立人に対し第一項掲記の増改築工事の着手と同時に、金二〇万七、〇〇〇円を支払え。

申立人は第一項掲記の増改築工事を昭和四五年四月末日までに着手しなければならない。

本件手続費用はこれを平分し、その一を被申立人の負担とする。

〔理由〕第一 申立と答弁、争点。

申立代理人は、「申立人が別紙増改築目録並びに添付図面記載の増改築をすることを許可する。」との裁判を求め、その理由として、「本件借地は、被申立人の所有地であり且つその居住する屋敷地である横浜市港北区新吉田町字中里四一九〇番地所在の宅地四七六平方米〇三(一四四坪)の一部一一四平方米一一(三四坪五合二勺)である。右借地部分を除く屋敷地内には被申立人所有の建物が存在するとともに、本件借地上には木造草葺平家建居宅兼店舗一棟、床面積五四平方米五四(一六坪五合)が存在していて申立人が所有し理髪店を経営しながら居住している。しかし、この建物は約八〇年前に建築されたもので、老朽化しており、店舗部分は理髪店として公衆衛生の上からも機能上からも旧態であり、居住部分は六畳二間があるだけであるところ、家族は申立人夫婦のほか、長男二六才、次男二三才、三男一九才でいずれも未婚で同居している。右の事情から、別紙増改築目録並びに添付図面記載の増改築(二階一〇坪を建増して八畳と六畳二間を新設し、木造瓦葺二階建居宅兼店舗とし、建坪は二坪五合三勺増し、階下を理髪店として、清潔にして、衛生的、機能的にする)を必要とする次第である。そして、本件借地の周辺の土地の利用状況は、別添図面に示すとおり、空地(北東側、道路を距てる)、畑(東側および南側)、いずれも道路を距てる)、被申立人の屋敷(西側)で、屋敷内建物は、本件建物から六米距てて二階建の蔵一棟、さらにその向うに三米距てて居宅があるのであつて、本件増改築が周辺に悪影響を及ぼすなど全く考えられないところであり、本件増改築は本件借地の通常の利用上相当なものである。しかるに、被申立人は、二階建にすると火災のときに危険であるといい、また本件借地の明渡しを受けて農作業場に使用したいから隣接の空地(四米巾の道路を距てた東北側の角)を代替地として提供すると申出ながら、いざ調停によつて具体化となると次次と言を設け、結局代替地の面積、形状などにおいて申立人の本件増改築の実現の妨げになる非協力的条件をいい張り、遂に協議が調わない。」と述べ、

被申立人の主張に対し、

「一 申立人所有の本件建物は未だ朽廃しておらず、なお十数年は十分居住に堪える。従つて地上建物朽廃による借地権消滅の主張は理由がない。

二 本件建物は老朽化していることは事実であるから、二階を増築するためには、土台からやり直さねばならないので、本件増改築は事実上は新築に近い。しかし、建物が朽廃しまたは朽廃に近いのではないのであつて、各所に応急的補強を施して倒壊を防がなければ居住に危険を生じているなどという事態は全く存しない。従つて朽廃建物を取毀して新築する、というのではない。新築に近くともどこまでも増改築なのであつて、増改築としての申立をゆるされる場合に該当するのである。

三 本件借地契約については契約書がなく、増改築禁止については、前借地人加藤正之助との間に口頭による特約があつたという被申立人の主張は敢えて争わないが、申立人自身は本件借地契約締結に当り特約したことはないので、むしろ禁止ないし制限特約の存否が十分明らかでない事案というべきである。このような場合でも、紛争が存在していて増改築許可の申立および裁判の利益がある以上は、申立をゆるされると解して制度を活用すべきである。

四 申立人は昭和二五年一一月七日本件建物の所有者加藤正之助からその所有権譲渡を受け、被申立人との間に本件土地につき口頭による賃貸借契約を締結し、賃貸借期間の定めはなく、従前から本件建物において理髪業を営んでいた前居住者に引続いて、これに居住し且つ理髪業を継続経営して現在に及んでいる。

被申立人は、昭和四二年九月上旬申立人に対し本件借地契約解除の意思表示をしたと主張するが、そのような事実はない。」と述べ、

鑑定委員会の意見に対する申立人の意見として、

「仮りに財産上の給付を相当としても、財産上の給付額算出の根拠として、更地価格の五〇%という率は全く論外であり、増改築許可の裁判例において、更地価格または借地権価格の一ないし六%、工場建物の増築という特殊な場合でも一〇%である。しかも本件宅地近辺の状況その他諸事情を考慮すると六%よりもさらに低率たるべきである。」と述べ、

被申立代理人は、「本件申立を却下する」との裁判を求め、答弁として、

「一 本件借地権は、地上建物の朽廃により、仮りにそうでないとしても賃貸借契約の解除により、消滅して既に存在せず、申立人の本件申立は不適法である。

1 本件土地は、明治四一年五月頃、被申立人の祖父が地上の本件建物を亡加藤正之助に売却した際、その敷地として、期間の定めなく賃貸したもので、爾来加藤正之助は、本件建物に居住してその一部を店舗として理髪業を営んでいたのであるが、昭和二五年一一月七日申立人が同人から右建物および借地権の譲渡を受けてこれに居住し且つ理髪業を継続経営して現在に及んでいる。

2 しかし、右建物は約八〇年前に申立人の祖父が古材をもつて建てた草葺のもので、既に朽廃している。

3 仮りに朽廃に至つていないとしても、被申立人は、専業農家であつて、田畑各四反以上を耕作しているが、最近収穫物の置場と農作業場に使用する場所がなくなり、本件土地の明渡しを受け本件建物を取毀わして、右目的に自己使用したいので、昭和四二年九月上旬、申立人に対し、本件土地賃貸借契約解除の意思表示をした。

二 本件借地契約においては、前借地人加藤正之助との間に、契約書こそ無けれ、口頭による増改築禁止の特約があつた。それ故、申立人のほしいままの増改築はゆるされない。いわんや取毀わして新築する自由は申立人にない。

本件建物は、朽廃していないまでも老朽化しており、取毀わさないまゝで増改築することは実際問題として不可能である。従つて、増改築といつても、事実上は新築に等しくなるのであつて、増改築の許可を求める本件申立は不適法である。」と述べた。

第二 当裁判所の審案判断。

借地権の存否と地上建物。

1 申立人本人尋問の結果および証人及川エツの証言によれば、次の事実が認められる。

被申立人の祖父は明治二〇年頃自己居住屋敷内の一角の本件土地の上に道路沿いに木造草葺平家建の本件建物を建てて他人に貸し店舗として使用させることにより自家の財政に資したが、店舗部分には床屋が入り経営者が変わるうち、明治四三年五月頃、親戚の加藤正之助に本件建物を売却し、店舗部分はその後も床屋に使用されて昭和二五年に至つた。申立人は同年一一月七日加藤正之助から本件建物を買受け、建物賃借人である前経営者のあとに引続き床屋を営業したが、加藤正之助の建物所有当時からの建物敷地は右建物買受けの際あらためて申立人が加藤正助之の有する借地権を承継するものとされた本件借地一一四平方米一一がそれである。賃貸借期間の約定並びに合意更新は承継の前後ともに存せず、従つて加藤正之助の借地中に昭和一五年五月頃一回の法定更新を経て、昭和四五年五月頃三〇年の存続期間が満了することとなる。次に、本件建物の現状は、建築後八〇年余の歳月を経て老朽化しているが、「土台や材木の全面的腐朽により取毀わさなくては非衛生や倒壊の危険のため居住不能」の状態は見られず、屋根は草葺の上をトタン板で覆つてあり、約一〇年前に店舗部分や台所部分の改築改造も行われ、なお継続居住が可能であり、借地権の存続を無意味ならしめる「朽廃」に達していない。しかしさすがに湿気の多い部分は腐朽し、住居として土台からの大改築を相当とするに至つており、また店舗部分は理髪店に相応しく改装、施設し衛生的にすることが是非必要である(増築の必要並びに本件土地の通常の利用上増改築が相当かどうかの判断は別に後叙)。従つて地上建物朽廃により借地権が消滅したものとは認められない。

2 被申立人が昭和四二年九月上旬申立人に対し本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは認められないし、契約解除の原因とするに足る債務不履行や信義則違反の事実も認められない。ひつきよう、本件借地権はなお存続しているものと認めるべきである。

二 増改築制限特約の存否と本件申立の適否。

本件土地賃貸契約には、増改築を禁止ないし制限する特約を判然と認めるに足る資料はない。さりとて、増改築を借地権者の自由に放任する旨の明示または黙示の特約も認められない。しかし、本件建物と借地とが、被申立人の住居する屋敷内に存在する建物と一画の土地であつて、両家の共存することを考えると、建物内部の小規模の模様替え、改装、改造は別として、かなりの程度以上の改築や増築となると、禁止とまではいわなくとも、少くとも屋敷の主の承諾を必要ならしめるのが条理に適うものというべく、従つて、当事者間に増改築について被申立人の承諾を必要とするという制限が条理に従い暗黙に合意されているものと推認されなくはない。仮りにその推認がむりだとしても、少くとも制限特約の存在が不明確な場合といえる。明確な制限特約がないからといつて、直ちに増改築は自由であるとして借地人の恣意に任せると、紛争の生じないで済む場合もあろうが、自由に放任する特約があるような特殊な場合とは異なり、当事者間に紛議を生み争議の原因となる虞れがあるのが普通であろう。借地法が、第八条ノ二第二項の規定において、増改築許可の申立について、増改築制限特約の存在を要件としたことを反対解釈して、特約の存否不明確の場合には増改築を自由放任して紛争の発生するに委せたものと解することは借地関係の調整を目的とする立法趣旨に鑑みて相当ではない。いわんや、制限の暗黙の合意が推認されなくはない本件において、且つ、被申立人においても制限特約の不存在を抗弁せず、進んで禁止特約の存在を主張し、自由な新築、増改築に反対している本件においては、申立は適法と解して審案し許否の裁判に至るのが相当である。

三 増築をも必要とする事情と本件増改築計画の内容。

<証拠>によると、本件建物は六畳二間しかなく、家族は申立人夫婦のほか、幼少であつた子たちも成人し、長男二六才、次男二三才、三男一九才で、いずれも未婚で同居しており、増築の必要に迫られている。増築によつて、一〇畳一間と六畳一間を増設しようとしているが、そのためには、敷地が狭いので、二階を増築する他ない。そして増改築の具体的内容は別添増改築目録並に添付図面記載のとおりである。以上の事実が認められる。

四 本件増改築は本件土地の通常の利用上相当か。

本件土地は被申立人の屋敷の一角を占めているとはいえ、既に多年にわたり、申立人が借地してからでも約二〇年の間、借地権が設定され、地上建物は被申立人の所有に属せず、他人によつて所有されて住居に使用され、また一部店舗部分は約六〇年にわたつて床屋(理髪店)に使用されて来たところ、今また増改築によつて住居兼理髪店店舗としての衛生と効用を改善しようとするものであることは、既に認定したところである。そして本件増改築の具体的内容をみるに、これによつて本件土地の利用方法が通常でなくなるという異常性ないし特殊性は何ら認められない。火災の危険が増すとか、火災予防上有害であるということの認めるべき点も別段にない。老朽化した草葺の農家風の建物が地上に存続することのみが本件土地の利用として通常であるというようなことはいえない。このことは、その建物が朽廃したときをもつて借地権を消滅させるという法意とは別問題なのである。借地の存在理由をなす地上建物が、建物の老朽化と社会の進運に伴い改築され、居住者の生活の必要のため増築されることは、特別の事情のない限り、その借地の通常の利用上、むしろ相当とすべきである。

本件増改築は、本件土地の通常の利用上相当である。

五 本件増改築は実質新築であるか。増改築許可の裁判を求める本件申立は不適法であるか。

本件増改築が、老朽平家を二階建てに増築する必要上、土台からの大改築を必要とすることは、前叙一の1において認めたとおりである。しかしながら、建物が未だ朽廃に至つておらず、なお居住のため使用できる状態にあるときは、土台からの大改築で新築に近い場合でも、なお「増改築」として取扱うのが、借地法改正法第八条ノ二第二項の法意に適うものと、当裁判所は考える。老朽化した建物を改築することなく朽廃に至らしめた場合は借地権の消滅はむしろ当然であるが、老朽化した建物を増改築によつて朽廃から免れしめようとする場合には、同法条の適用によつて、許可の裁判がある場合にはこれに附随して賃貸借期間の延長処分等、借地権の存続が図られる余地をもたせるべきである。従つて、申立人の本件申立をもつて不適法として却下することはできない。

六 被申立人の本件土地に対する自己使用の正当性について。

被申立人は本件建物を取毀わして自己の営農のための農作業場と収穫物の置場に使用したいと主張する。そして、本件借地権は昭和四五年五月頃三〇年の存続期間の満了によつて消滅するものと認められること一の1において述べたとおりであるが、その場合において本件増改築建物があることによつて、被申立人は自ら土地を使用することを必要とする場合その他正当の事由があるのでなければ、更新につき異議を述べることができず、賃貸借契約は法定更新されるべきところ、被申立人の前記自己使用の主張は、近い将来の昭和四五年五月頃においても現在におけると同じくその必要度において正当事由と認めるに足りないものと予測されるので、本件借地については法定更新が予想される。このことは、本件増改築の内容が新築に近い大増改築であることにかかわりがない。

七 衡平上の相当処分。

1 約半年後には借地権が消滅すべく、しかもその場合に異議を述べるべき正当事由があると明らかに予測される場合には、それにもかかわらず新築に近い大増改築をすることを許可することは相当でない。しかし、本件は正当事由の明らかに予測される場合でないことは前叙のとおりである。

2 そうであつてみれば、一ないし六に述べたところを綜合すると、本件増改築は、衡平上次の処分を附随することによつて、許可相当である。

(一) 借地条件の変更。

鑑定委員会の意見に徴し、地代を3.3平方米当り一ケ月現在一八円を金三〇円に増額するのが相当である。

(二) 財産上の給付。

(1) 鑑定委員会の意見は、新たに借地権を設定すると同様の対価を給付させるべきものとし、更地価格の五〇%を相当額とする旨述べているが、前叙のとおり法定更新の予想される本件において右意見は前提を異にするものであつて採用できない。

(2) 当裁判所は、約半年後に決定更新の予想される本件においては、更新料の給付の必要はなく、専ら増改築承諾料の支払を相当と考える。

(3) そして、右承諾料率は、借地権存続期間の満了が近い上に加えて新築に近い大改増築であることに鑑み、高率を相当とし、率適用の基本も借地権価格よりは更地価格を相当とし、更地価格の一〇%が相当と考える。そして、更地価格は、鑑定委員会の意見によると、3.3平方米につき金三万円というが、当裁判所は、本件土地が横浜市港北区内でも東横沿線綱島に近い新吉田町の農地、転用農地、農家の宅地、新興住宅地の混在する地域内にあることが、申立人本人尋問の結果によつて認められることから判断し、同時に定住の専業農家の屋敷内の一部であることを考慮に入れて、一般的評価を個別的に調整して判断することにより、本件増改築承諾料算出の基本たる更地価格を特に3.3平方米につき金六万円とすることを相当と考える。

(4) そうであつてみれば、金銭給付額は、本件借地面積が一一四平方米一一であることから算出して、約二〇万七、〇〇〇円となる。

(三) なお、地代増額の起算日並びに金銭給付の日は、本件増改築着工の日とするのが相当である。

八 よつて、本件手続費用につき、借地法第一四条ノ二、同条ノ三、非訟事件手続法第二六条本文を適用して、主文のとおり決定する。(立岡安正)

増改築目録

一 現存建物

横浜市港北区新吉田町字中里四一九〇番地

家屋番号第一六二番

一、木造草葺平家建居宅兼店舗一棟

床面積 54.54平方米(16.5坪)

二 増改築の内容

1 種類

一部を改築し、床面積を増加し、新たに二階を増築する。

2 規模、構造

現存建物の西側六畳間一間を除いた一階部分を改築し、床面積を8.36平方米(2.53坪)増加し、

二階、床面積33.05平方米(10坪)を新たに増築し、木造瓦葺二階建店舗兼居宅とする。

3 使用目的

店舗部分を理髪業営業に、その余の部分を申立人および家族の住居に使用する。

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